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4/5 戸倉峠の謎


 3日前までの予報は雨でしたが急転して晴れの予報なり。
本日は春の気まぐれに悩まされることのない穏やかな快晴となりました。



 前日の雨が上がったのが早朝のこと。予報がもし外れたら最悪なので晴れる確信を得るまで出発にぐずついてしまい、朝9時の出発でした。阪神高速神戸線、第二神明、加古川バイパス経由で姫路から R29 に入り北上。


 
 途中、波賀にあるお気に入りの蕎麦屋「ひむろ」さんにてざるそば大盛りを食しました。



 道の駅「はが」から新戸倉トンネルまでの区間は気持ちの良いワインディングが続いています。写真は新戸倉トンネルを越えて、鳥取県若桜町側です。若桜側はそうでもないですが兵庫県宍粟市側はこの時期でも路肩にそれなりに雪が残ってました。


 
 新戸倉トンネルを越えてすぐに旧道への分岐があり、そこを登っていきますと戸倉隧道の若桜側坑口があります。



 さて、謎のものを観る為に今から山歩きです。

 水色の矢印のように隧道の脇を登っていきます。誰かが登って踏み固められた筋が目を凝らすとわかりますのでその筋に沿って自分も登っていきます。歩き方を間違えると急斜面もあるので滑り落ちそうになりますがバイク用のブーツだとしょうがないですよね。w



 小さな砂防ダムを越えるとすぐに謎のものが・・・(ウソ)
これはただの水路です。ですが実はこの中を潜っていきます!腰を屈めてヨイショっ!ヨイショっ!



 「ふぅ〜」真っ暗な狭い穴倉を歩くのは苦手なり(-_-;) 
出口は木の枝が邪魔ですが、雑草や虫やにょろにょろがまだ冬眠しているであろうこの時期は不慣れな山を散策するまたと無い絶好のチャンスです。

 水路から出たらそのまま背後の盛り土された場所に登ってみましょう。実はそこがかつて道だったなんて想像がつかないでしょう。おそらくこの水路はその道を造る過程で出来た水路だと思います。ここまで来たらあと少しなり。


 今となっては道・・・というより道らしき所をしばし歩くと木々の間から謎の穴が見えてきました。近くまで寄ってみてそれがトンネルであるとわかりました。


 「なんでこんな所にトンネルが?」



 雪があるのは良いのですが、眩しい(^_^;)しかも意外に滑るしっ(汗)



 坑口から観たトンネルの内部です。ていうか懐中電灯持ってないし(汗)
奥の方に何やら見えますね。


なんでしょう?



 トンネルの幅は目測で1.5車線幅といったところです。


これってもしかして造りかけ?



 先に天井部分をコンクリで巻いて、下層部分を整形していくという工法みたいですね。現在ではトンネルの掘削技術が進歩しているのでこんな掘り方はありませんが、戦時中の土木技術だとこんな感じだったんですね。ちなみに一段高くなってる岩肌の高さは目測で1.8メートルです。私のほぼ頭の高さなり。トンネル内部はカメラを高感度にして撮った為明るく見えてますが日の光だけしか光源がないのでシャッター速度が長くなりブレてしまっています。奥に行けば行くほどめっちゃ暗くてここから奥には独りで行くことが出来ませんでした。度胸なしなんです(T-T)


 「ところでこのトンネルは何なん???」


 「答えは『戸倉軍用トンネル』です。」


 戦時中本土決戦に備えて、物資の輸送のために、地元民らが軍の要請で掘り始めた物らしい。
昭和17年掘削開始の割には、しっかりした抗壁です。抗口から数メートル入ったところには、地山の岩石が垣間見られ、ノミ?で削ったような傷が表面に無数についていました。
氷ノ山ネイチャークラブより引用 )

 終戦のため未完成のまま放置された。地元作業員のほか韓国人労働者100余名を含めて昼夜三交代による突貫工事が行われた。まず人が立って通れる位の導抗が掘られた穴が兵庫県側まで貫通しており、次にこの周囲を掘り広げて進みながら、最後に内側を丸形にコンクリートで巻く工法がとられた。現在は閉塞している。山歩きの部屋より引用)


 公式な文献からの引用ではない為、内容に錯誤があればすいません。



 それにしても上を見上げて気付いたのですが、天井だけを見ていると、このコンクリの継ぎ足し工法って矢ノ川峠の第二号隧道に近いものがありますね。それをとってみてもこれが昭和初期のコンクリ巻きのトンネルだというのが改めてわかりますね。


 入口付近で見つけました。きっと簡易的なトロッコなどを使用していたのでしょうね。かなり朽ちてますが枕木は今もその場に伏していました。しかも当時の物と思われる釘も刺さっています。


 60年間ノーメンテで落盤すら無いというのは凄いですね。よほど地盤がしっかりしているのでしょう。当時の掘削技術を垣間見ることが出来る点からしても戦争遺構に留まらず産業遺構としての価値も充分にある「戸倉軍用トンネル」でした。


 帰る前に兵庫県香美町村岡にある温泉に入ってみようと R29 から R482 に曲がりました。地図上ではこの道が一番近道みたいなので・・・。ちなみに R482 (若桜村岡間)を走るのは初なんです。



 スキー場があるのでそこまでの道はそれなりに整備されていて意外にもストレスの無い道でした。がしかし、やっぱりお約束の酷道がやってきました。雪国に負けない雪壁でしょ。w っていうほど大げさな雪壁ではありませんが標高900m付近だと日影になるところはよく雪が残っていますね。



 程なくして R482 の鳥取県と兵庫県の県境にやってきました。


「あれっ?」


「通行止」って書いといてどうせ行けるんちゃうん(^ワ^;)



 道の先の様子を見てみると・・・「あかん・・・道無き道をBTで走れるわけもないし諦めよっ」
除雪されてへんからさすがに強行突破は無理やわっ(汗)


 引き返す際に R482 沿いにある棚田に立ち寄ってみました。良い写真が撮れなかったので載せてないのですが、この地名読めます?こんな漢字あったんですね。


 「つくよね」って読むそうです。
WEB上での漢字表記は
「舂米」と書くようです。




 お目当ての温泉に入れなかったので、R482 沿いにある若桜ゆはら温泉ふれあいの湯に入ってみよっかなぁ。と思い寄ってみました。受付にて・・・


私「すいません。ちょっとお聞きしたいんですがここは循環とか塩素消毒はしてるんですか?」
受付「塩素入れてます。」
私「そうですか。また来ます」(もう来ませんけど)


 こじんまりしている建物なので、もしかして正しい温泉やったりして・・・と期待したら違いましたね。残念〜。
さぁ帰ろ〜っと!



おしまい



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